アルコールがむしばむ心


 アルコール依存症になりやすいという性格は存在しません。しかし、いったんアルコール依存症にかかると、みな同じような考えた方を持つようになります。生活環境などまったく異なった患者さんを診療していても、まるで金太郎飴を切ったように同じ考え方を持っているのにぶつかります。

「本当はこんな酒は飲みたくない。何とか普通に生きていきたいのに...」
「なぜ周りの連中は、私の苦しさを理解してくれないのだろう」
「俺から酒を奪ったら何が残るのか」
「3ヵ月も飲まずにいられたから、少しぐらいなら酒を飲んでも...」
「俺は、ちょっと酒を飲みすぎて肝臓をこわしただけだ。アル中ではない」
「なんでこんな病院(アルコール専門病院)に入院していなければならないのか。連中(他の入院患者)と俺は違う」
「(奥さんを見て)おまえの顔なんか見るだけで腹が立つ」
「断酒会なんてでたらめだ。あいつらも、家で隠れて飲んでいるにちがいない」
「俺に酒をやめろといっても無駄だ。こんな人間がまっとうに生きることなんかできない」

 それらの考えは、自分のアルコール問題から目をそらそうとする心理から生じるものです。臭いものには蓋をしてお酒を飲み続けるために、無意識のうちに心がむしばまれて問題が大きくなっていきます。
 そんなアルコール依存症者が持つ心理状態について考えてみましょう。

否認の問題
 アルコール依存症者の心理で最も問題があるのが、この「否認」に関することです。つまり、「私にはお酒に関する問題はないのだ」という考え方です。本当は、身体をお酒が原因でこわしていても、家庭がお酒のために崩壊寸前であっても、またお酒が原因で仕事を失っていても、自分のお酒の問題から目をそらそうとする心理のことです。
 この否認という心の動きがあるかぎり、アルコール依存症からの回復はありません。

健康になりたいという心
 どんなに飲んだくれて周囲に迷惑をかけ、自分の身体もボロボロにし、みんなから見放されているアルコール依存症者でも、なんとかしてお酒の問題を解決して健康な生活をしたいと思う心を持っています。「このままではいけない」「酒をやめないとダメだ」と心の奥底では考えているのです。しかし、この病気の恐ろしいところは、それでもアルコールに手を出してしまう点なのです。アルコール依存症者以外の人には考えもつかぬ強烈な飲酒欲求が、彼らを襲います。そして、それに負けて飲んでしまうのです。
 「こうしなければならない」と正しい生き方がわかっていても、人は往々にしてこれを実行できず、あえて逆の道へ進んでしまうものなのです。人は弱い生き物なのです。ですから、酒を飲み続けているアルコール依存症者にも、「なんとかしなければ」という心の動きがあることを、患者は無論のこと家族や周囲の人々も理解していなければなりません。

自分に対する負の気持ち
 「このままではいけない」と思い、お酒の問題を一生懸命解決しようと努力しても、どうにもならない。「苦しい!」でも、家族も周囲の人々もこのつらさを理解してくれぬ。「そんなにやめたければ、やめられるはずだ」「やめられないのはおまえの意志が弱いだけだ」という返事しかかえってこない。孤独感がアルコール依存症者をおそう。
 「何をやってもうまくいかぬ」「仕事も家庭も、もうどん底だ」「一緒に働いていた友人は、成功して家も建て家族と共に幸せな生活をしているのに、俺はなんていう暮らしをしているのだ」「自分だけがみじめな生活をしているように思えて...周囲の誰もが俺を軽蔑している」「お酒の一杯でも引っかけないと、人前に出るのにも自信がない」こんな気持ちは、酒が切れたときに生じてきます。そして、また次の酒を飲むきっかけをつくってしまうのです。「酒をやめればよい」ことはわかっていても、結局今頼れるのはアルコールしかなく、酒のないしらふの生活は想像できません。酒を手放すのは非常に恐ろしいように感じてしまうのです。

他人への攻撃
 アルコールの問題でどうにもならない時に、アルコール依存症者は特に他人の欠点に目がいき、それを攻撃してしまうことがあります。身近で、自分より弱い立場の人間を攻撃の対象にしやすいのです。自宅にいれば妻が、入院していれば若い看護婦が攻撃の対象になりやすい。「料理がまずい」「家の中がひっくりかえっている」「注射がへたくそだ」「検温の時間が遅れている」など。
 なぜ、攻撃的になるのでしょうか。なぜ、まわりのことがいちいち気に入らないのでしょうか。なぜ、いつもイライラしてしまうのでしょうか。原因は、アルコール問題のために、自分の思うようにならない自分自身に腹を立てているからなのです。他人を攻撃する前に、自分自身の心の動きに注目してみましょう。

飲酒を最優先する生活
 いったん身体にアルコールが入ると、もう酒を飲むことしか考えられなくなり、飲酒を最優先する生活になってしまいます。これはこの病気の症状なのですが、そのためにものの後先を考えず、行動してしまいます。いかに大切なお金もお酒に換わってしまうし、周囲の人のことなど目に入らない。そして、一番飲んではいけないときに限って飲んでしまうのです。

人生への絶望
 アルコール依存症の進行と共に、自分が酒をやめることを想像すらできなくなり、絶望感の中で生活するようになります。自分を信頼できない人間が、他人を信頼できるはずはありません。断酒会などでアルコールを断っている人と巡り会えても、陰で飲んでいるに違いないと考えてしまうのです。

ブラックアウト
 アルコール依存症の進行の中で、酩酊時の記憶がとぎれることがたびたび出てきます。これは、アルコール依存症者に特徴的なものではなく、健全な人にも大量飲酒したときにはみられるもので、ブラックアウトといいます。
 記憶のとぎれは、数分から数時間、時には数日に及ぶこともあり、町中で飲酒していたのに気がついたら山の中を放浪していたという話も聞きます。この間何もなければよいのですが、暴力などの問題行動があっても本人は覚えていないため、翌日には何もなかったかのように振る舞います。また、酩酊時にあれほど約束したのに、翌日にはまったく覚えていない。これは、家族にとっては耐え難いことです。あれだけ昨晩、家族に面倒をかけたのに一言もそれに触れない。そのことが一層、患者に対する怒りや恨みの気持ちをかき立てるのです。
 実際本人は覚えていないのですが、このことに患者本人が気づくと、二つの反応が起こります。一つは恐ろしいという気持ち。酔っているときに何を起こしたか後になって記憶がない。自分ではどうすることもできない。この恐ろしさから、断酒を決意した患者さんもおられます。
 もう一つは、逆に酔っているときのことは覚えていても、覚えていないと白を切る患者さんもおられます。自分には記憶がないことにして、一層アルコールに関する問題を隠していこうとする心の動きなのです。
 もし、アルコール依存症者が飲酒して、家の中をめちゃくちゃにしたならば、家族はこれを片づけず翌日本人にその後を見せるべきです。覚えていないと本人が白を切っても、現実を見せつければ考えも変わります。また、場合によっては酔っぱらって起こした騒ぎの一端をカセットテープに録音するとか、ビデオに録画し本人に突きつけるのも一つの手です。しかし、あまり強烈に問題提起をしすぎると、自殺や失踪など行動化を生み出すことになりますので、注意が必要です。

嫉妬妄想
 身体の病気のページでも述べましたが、大量飲酒を続けると精子生成能力が低下し、また男性ホルモンの分泌も押さえられるため、男性不妊やインポテンツが生じてきます。アルコールを飲むことは男らしいことと考えていたアルコール依存症者から、自分の「男性」性をアルコールは奪っていくのです。一方、妻の方も酔っぱらって問題を起こす夫に対して、身体を許す気がなくなります。そのため、夫婦間のセックスも減ってきます。

 夫婦間のセックスがなくなる
   ↓
 妻は欲求不満だ
   ↓
 浮気をしたいと思っているだろう
   ↓
 浮気しているに違いない

といった心理機序から嫉妬妄想が出現することがあります。
 はじめは、アルコール依存症者が一人心の中で悩むだけですが、そのうち妄想が確立すると、妻を尾行したり、持ち物を調べる、これを理由に暴力を振るうなどの問題行動が出てきます。


アルコール問題関連書籍紹介のページの書籍・雑誌も参照ください。
 次にアルコール依存症の家族について考えてみましょう。