断酒の為の指針と規範
小林哲夫 2001.1.25
下司病院にて「断酒と指針」勉強会
入院時から断酒会への流れを
なぜ、指針と規範の勉強会をするのかをお話してゆきます。
下司病院長の有力な患者であった松村春繁が全日本断酒連盟を作ったのです。
松村会長が脳軟化症でこの病棟の2階に入院をしていましたが、その頃断酒新生会事務所も今の病院玄関口にありました。
いざ、松村会長が死亡ということになって大黒柱を亡くした全国の断酒会員は大変不安になったのです。
そこで全国の会員へのアンケート調査で松村会長の印象的な言葉を集めた松村語録づくりをおこなった。その語録に沿った「指針と規範」を全断連がつくることになった。
若松町の松村の家に最も近くて新聞「断酒」の編集にも携わっていた小林に頼んだがよいということになり、私一人が引き受けてまとめました。
中国地方でも、他の地域では松村語録の勉強会を例会でやるようになったのですが、本家本元の高知ではほたくってやっていなかったのです。
これを大阪の藍陵園病院が治療プログラムに取り入れて使いだした。AA の12のステップに変わるものとして、松村語録を基本としてきました。
そのうちどんどんやりはじめて香川の三光病院でも治療プログラムに使い出して成果をあげはじめています。
入会しても25%以上は歩留まりが上がらず止まらない、途中で気が変わり脱落してゆくパターンが、入院中からとりあげて自助グループに繋ぐ、こういう風に変わってきています。
日本のある病院では治療が終わった段階での加入率が10%から90%へと高まっています。
アルコール対策には「切捨てもあり」になる
厚生省は一昨年の春、「健康日本21」をうたいあげ、アルコール対策案を策定しました。
これから先、日本のアルコール医療は手の届くところにあったのが、短期入院となり、治療対象者は絞られる。
アメリカのヒューズ法の検討導入により手の届かない存在に移り変わることが現実のものとなろうとしています。
3泊4日とか、4泊5日で退院するように迫る厳しい時代がやってきます。私達、アル中仲間としては大変なことだと考えています。
今迄のような入退院をのんべだらりとはやっておられないような転換期になってきています。
いつもベッド待ちの状態で、短期入院が待ち構えている、こんな病院が赤字から黒字へと転換します。プログラムのある病院がせいぜい80万県民には1病院あればいいということです。
これでもあまるぐらいだ。
皮肉なことに病院が増えて立ち直る人が少なくなっている。今迄きめ細かい医療が良いとされてきたが、病院が増えることで立ち直る人が少なくなり、今後もきめ細かいだけでは病院依存が増えて行く。
国も小さな政府、小さな自治体と、病院の切り捨てに力を入れるようになりました。
だから、入院中の治療は一生懸命やる、それも短期にやってもらいたい。自分一人の力ではやっていけない。
自分でなんとかやっていけると考えるのが当たり前だが、アルコール依存症という病気はモンスター(怪物)で人間の心を操作する。
私も自分の力でなんとかなると考えていて止めなかった。入会はよっぽど楽に止められる。自分を変えてゆける。家族関係を良い方へ変えてゆくのは楽しい。私は断酒後に大きな病気をして過去を振り返る機会も得た。
思えば33歳で断酒しなければ、恐らく30代の後半には死んでいた。
この1月、私の誕生日会で息子と孫に隠れてタバコを吸っていると孫が「おじいちゃんがタバコを吸っている」とワンワン泣いて、何故と聞くと「私の結婚式に出れないから」と小3の娘がいう。小2の娘はワンワン泣いている。
酒を止めてこそこんな経験にも遭遇できたのだ。
松村語録は素晴らしい
「一人で止めることは出来ない、無駄な抵抗は止めよう」という断酒語録の標語を黒板に書きました。
自分一人でなんとかなる、やめなければならない程には悪くない、という理解では再入院もやむを得ない。ですから全国の進んだ病院では、断酒会への入会を徹底的にやる。
北村相談員のような酒害者を雇用して実績をあげている。北海道の太田病院では10人も雇用している。それで退院する時には断酒会に入会するのが当たり前でさっさと入る。
アメリカでは当たり前の事だ。アメリカでは入院中にプログラムに参加をしないなら強制退院だ。やめる気のない人をなおす力を我々は持っていない、とスタッフはいう。
保険会社も懐具合を考え、次の患者が待ってますからと、やる気のない患者のだらだら入院を許さない。
AAのメンバーは退院後90日連続例会に同伴出席をして、3者、つまりAA、病院、患者で連係をとる。
断酒を成功さすためには入院中より断酒会の勉強をしてほしい。
アメリカではアルコールが抜けた段階で最短2泊3日、最長20日の入院で、後はAAで勉強をしてくれということです。
病気というものはなる前に戻す治療と思われているが、いい酒を飲んできた元の状態に戻すことは出来ない相談だ。
アメリカでは若いドクターで、25周年のサイクルで断酒療法に対して節酒療法を対峙させて実践をすすめる試みをする医師が登場する。
そのような医師が患者に、自分の力にのみ頼らせて節酒グループを育てているんだが、あるときは節酒グループの会長が飲酒運転で2人をひき殺して、私は節制管理が出来ませんでしたとAAにもどっている。
この場合は医師の責任が大いにある。
可能性としては大都会では何千人に一人、節酒でやれる人はいるだろう。
それをドクターが飲む人権もあるからとか、選択肢に節酒もある、飲んで死ぬのを選ぶのも権利の内、とかいって節酒治療をすすめ、選択の自由をふりかざすのはその人の人生の問題、残された家族の問題を考えると許されぬことだ。
山本副院長も節酒では無理だといっている。
納得の人生を人は歩みたい。家屋敷を失って、気がつく前にまだいろいろなものを持っている段階で断酒会に入ってほしい。
無駄な抵抗をした挙げ句、敷き居が高いからといって、みっともないとかいって人生を失うことはない。
電話帳の「知っておくと便利な電話」の相談電話は以前は下司病院にあったが今は小林の自宅に移っている。病院では夜間の電話に、それもくだくだと長電話や無言電話に対応が出来かねたからだと思う。
わけの分からん電話が自宅へ、眠たい時間にかかってきて大変困るが、それだけに人々の暮らしぶりや苦悩が伝わってくるので自分自身にとっても貴重な電話となっている。
無言電話もあって、初めは腹をたてていたが、どうも違うなーと思っているとぽつりぽつりと話しはじめ、そこで「酒ッ」と聞く。断酒会に来てみませんかという。
ある人が電話をかけてきて、「何故会へ出て来ん」、と聞くと「恥ずかしい、止められん」という。
結局死後一週間で彼は福祉の人に発見されたが、何かあの時に一言を言い添えれなかったかという後悔が残っています。
なんとか、自助団体に繋がった私ですが、ある日、年がいって惚けたら飲むのではと恐れています。500円玉を家族から貰って酒屋にいくのではないかと。
かねがね飲みたい気持ちは皆さん以上、潜在意識でも消すほかないが惚けが介在すると酒との親密な関係は復活するのが大です。
家族には惚けたら精華園に連れて行ってくれ、窓側の仁井田の仕事場が見えるベッドで余生を送りたい。500円も持っていたら惚けたら呑むと、断酒して35年たった今、周囲の者にも言い、自ら肝に銘じております。
アメリカは自己責任を強調
アメリカの施設では80%が立ち直っています。アメリカの憲法は、選択の自由があり、次に自己責任があります。
ヒューズ法でアルコール政策はこう規定されています。自分が酒を呑んで他人が立ち直るチャンスを邪魔してはならない。法律や行政は立ち直りに援助をしなければならないが、立ち直る気がないと分かるやまったく相手にしない。こうして、治療を続ける日本では医療が支えをするから呑んでいるアルコール依存症の平均寿命は52歳だが、アメリカではわずか38歳だ。
アメリカの政策はまったくドライで日本もアメリカを真似しようと研究している。
アメリカでなく日本はゆるやかにやっているが、さらに日本で社会保障政策の目標とされてきたスウエーデンでは高負担・高福祉で福祉が充実し、どんどん回復をしているかと言えば、そうではない。
旭川にスウエーデンの断酒会・レンカルナの代表が来た時800万の国民でなんと80万がアルコール依存症だと言っていた。子供と老人をのけると働き盛りの5分の1です。
日本が1億2千万人ですから1割で1200万人という驚くべき数字になります。
日本の国立公衆衛生院の白書には初めて断酒会の有用性が出ています。このような自助組織が、親の酒で悩んでいる子供等対策にも必要とされています。
アメリカではアルコールと薬物の患者を一緒に治療をしています。覚醒剤使用が少なくアルコールとマリファナが似ている薬物であることからです。
内科医が治療の現場に居ます。
カリフォルニアでは二つの目的グループにわけられ、AA、NA(薬物)あるいはその両方の会にいきます。脱落するとロスのホームレスの80%が依存症者と言われている存在になります。
裁判所も刑務所が一杯なので施設やAAを薦めますが、やる気のない人は路上生活者になる他ないのです。
以上、述べましたように日本は厳しい政策をとっているアメリカの後追いをしています。
入院中の患者の説得には、OB会の役割もまた大きいものです。一緒の頑張るOBの存在が必要です。OBが早く患者さんを例会に連れて行って、空いたベッドに次の患者さんが入り、高知の病院がこうして減っていきます。
長生きするのか、38歳で死ぬのか、厳しい現実が日本にも21世紀にはまっています。
薬や診療依存を断ち切る、という政策がとられます。
ぜひ、私達の断酒会で立ち直っていくことを希望します。
司会の下司看護部長から一言
アメリカは日本のような国民皆保険制度はなくメデイケア、メデイケートなど、不完全な公的保険でしかありません。
ですから民間の保険会社に入っており、病院は保険会社と契約をしていますから余り長期に渉ったり、費用が多くかかったりすると契約からはずされます。クリントン大統領の連れ合いであるヒラリー夫人(今は上院議員)が健康保険制度を作ろうとしましたが、失敗をしています。
切り捨てられた人は、他になんの保証もないわけです。