韓国ドラマと酒【3】

                     2004/12/15 看護部長 下司 政代


ヨロブン コンガンハセヨ(皆さん お元気ですか)。
いよいよ今年も最後の月になり、何かと気ぜわしい毎日をお過ごしの事でしょう。
クウオン サンウオン など韓流スターたちの来日が続き大変です。

このような中「冬ソナ」の「ユン・ソクホ」監督が日本の第77回キネマ旬報賞の特別賞「日韓友好功労賞」の受賞者にえらばれました。
「監督、チュカハムニダ(おめでとう)」そして「チョンマルコマスミダ(本当に有難うございました)」、四季シリーズ「春のワルツ」楽しみにしております。

皆様いよいよ20日よりBS2で「冬ソナ」の完全版が放送されますね。ヨンシーの素敵な声が聞こえますよ。意外に低いチェ・ジュウさんの声も聞く事ができますね。
ヨンシーの料理する場面があったり、海辺の町での鯛焼きを買ったりする場面とか皆様が見ることができていない場面や使われなった音楽が随所に出てきます、油断禁物でございます。

ヨンシーは11月末には日本中のアジュマー(おばさん)やアガッシー(お嬢さん)達の胸を熱くしたまま去ってしまい、アイゴーなのであります。写真集を手に入れられて眺めている方も多いことでしょう。

今年、わが職場におきまして私は勝手に情報担当係り(騒ぎ係りかしら)に就任いたしました。
そして冬ソナ・ファンクラブを発展的解消し「韓日文化友好交流クラブ」にしましょうと、これまた勝手に会長やら副会長も任命して就任していただいております。そうしますとA嬢やB嬢は書記と会計に立候補する熱心さでございました。
会の厳しいおきては「知りえた情報は会員相互で共有、個人で所有してはいけない」というものでございます。

会員のなかにはテレビの録画を熱心にしてくれる方もおります。見損なった時にはそれを見られるというわけでございます。B嬢などは、当院のビデオレンタル屋の「ツタヤ」と化しております。
このB嬢は過激派でございまして、11月ヨンシー来日時の事故のさいに、「足の指の1本や2本折れたっていい、足を車の前に投げ出す。絶対ヨンシーはお見舞いに来てくれる」と言い出す始末です。
(ヨンシーごめんなさい。それ位お会いしたいといういことでございます。)

そしてその時に交す言葉も決まっているのです。
ヨンシー 「ケンチャナ(大丈夫)?」
B嬢 「アンニョ、アンニョ(いいえ、いいえ=この場合は何ともありません、の意)」
夢見るB嬢、53歳なのであります。
遅れを取ってはなりません。B嬢が右足(オルンバ)なら、私はここで左足(デルンバ)でしょうか。

ここで冬ソナの第一話でチュンサンとユジンが学校を抜け出して出かけたあの公園の場面を皆様は思い出していただきましょう、
「友達を作るには、こうやって一歩一歩お互いが歩みよるのよ‥‥」と。
私も身を投じたいのは山々ではありますが、痛いのは嫌なのでいまだ「to be or not to be」と悩んでおります。そこまで身を挺することができないのであります。

さらにさらにB嬢を熱くするヨンシーのあの発言があります。
某テレビ・インタビューア−の、
どのような女性が好きですか
ヨンシー 「自己啓発をおこたらず賢明で純粋な女性」
年齢は
ヨンシー 「年齢や外見は関係ありません」
それではファンの方達でも大丈夫ですね
ヨンシー 「ファミリー同士でそんなことしては駄目でしょう」、

これを聞いたB嬢、ヨンシーの恋人になるために
「それなら、ファミリーを脱退する」、
というではありませんか。
私も嫁入り大作戦を実行に移すために遅れを取ってはならじと、思わず脱退しそうです。

冬ソナがBSで最初に放送された頃、娘に「お母さんは、あんたと同じ年頃の韓国スターに嫁に行く。嫁作戦が駄目なら、お手伝いさんとして住み込む。」と言ったところ、娘は「こんどは、嫁に行くってか−」。

その前までは「天才になりたい」と訳のわからないことを言う母親を持った、この不幸な娘はそれでも「ファジャンシルオディエヨ(トイレはどこですか)」「ペゴパヨ(お腹すいたよ)」「ハンジャントジュセヨ(おかわり下さい)」を教えてくれました。
「もう少しロマンチックな言葉を教えてよ」と言う私に、「何を言うのよ、お腹が痛くなったりした時にトイレは大事でしょう。お腹すいてもっと食べたい時におかわりを言えなかったらどうするの」あとは「コマスミダ(ありがとう)とかアンニョンハセヨ(こんにちは)とかの挨拶言葉を言えたら大体なんとかなるでしょう」のお説に思わず納得した私であります。

いまだこの嫁入り作戦はヨンシーの「ファミリー同士はそんなことをしては駄目でしょう」のあの言葉に阻止されて決行できずにいるわけであります。  「脱退か継続か」悩みは深いのであります。B嬢もきっと今頃悩んでいる事でしょう。

ところでヨンシーの次回映画作「外出」が楽しみですね。2003年韓国の代表的財閥「新世界百貨店の副社長」と離婚して約10年ぶりに復帰する、まるで韓流ドラマの様な人生の「コ・ヒョンジョンさん」との共演が噂されておりましたがそれは無くなったということです。どなたが共演するのでしょうか。

職場では、看護部長の「韓性脳症」が一向に回復しないと同僚に心配をかけておる様でございます。
しかし職場諸姉、世のお連れ合いの皆様、ならびに厚生労働省の方々、考えてもみて下さい、「更年期障害」でぐずぐずとしている場合ではございません。
元気になったアジュマー達は夫に口やかましく言う事も少なくなり、うつ状態のアガッシー達の病気もふっとばし、高騰する医療費を下げるという経済効果を持たらしたに違いないと確信しております。さらにヨンシーに恋して、5キロくらいもやせた方があると聞きました。

無理なダイエットをせずに生活習慣病予防ができているわけであります。
お江戸の時代、朝鮮通信使の日本派遣以来の経済効果だそうですが、第一生命研究所によりますと韓国で1千72億円(1兆1千9百6億ウオン)、日本で1千225億円の経済効果だと推定されたそうです。

ダイエットといえば、ヨンシーは写真集を出すにあたりボディ改造のため食事のコントロールで糖分、塩分制限をし、イライラで不眠になり筋肉の痙攣も経験しております。「運動している方が何も考えなくていいので、その方が楽だった」と言っております。

プロ中のプロがついてダイエットしても、厳しいものだったようですから、皆様は無理なダイエットはなさらずに、いつでもヨンシーをはじめとするスターたちに会ってもいいように美しくいてくださいませ。

クウオン サンウオンさんは、「肌の美しい人が好きです」と言っておりましたよ。
「自己啓発に励み、肌を美しく、優雅に」となかなかにハードルが高そうであります。

今回紹介するドラマは「ヤン・ドングン(コ・ボクス)」「イ・ナヨン(チョン・ギョン)」「イ・ドンゴン(ハン・ドンジン)」「コン・ヒジョン(ソン・ミレ)」などが出演作の「勝手にしやがれ」です。

この作品は韓国で2003年5月第39回「百選芸術大賞」TV部門作品賞・新人賞・脚本賞、放送局担当日刊紙記者が選ぶ「2002年最高のテレビ番組」、2002年MBC最高ドラマ賞等を受賞しています。韓国作品DVD販売記録更新、史上累計2位となった作品です。
ヌーヴェルバーグの旗手「ジャンリュック・ゴダール」監督の作品で「ジャン・ポール・ベルモント」主演の同題名の仏映画もなつかしいですね。

こちらは韓国ドラマらしさのなかに韓国新世代が描かれており、そういう意味ではこの題名は通じるものがあるでしょうか。主演の「ヤン・ドングン」は2001年にはHIP HOP 歌手としてもデビューしております。「クアンキ」「彼が簡易駅でおりた」などで「ウオンビン」とも共演しています。

「クアンキ」でのキャラクターは見ていて楽しかったですね。子役から活躍していたという事でなかなか役作りにはこだわりがあるそうです。映画にも出演しております。ハンサムではありませんが、目がきれいですね。そして笑顔がまたいいですよ。

あのヒット作の「猟奇的彼女」の「チャ・テヒョン」なんかもそうですがハンサムとはいえないが見ているとハンサムに見えてくるのですね。
ちなみにこの「猟奇的」とは「ヨッキ」と発音し、「ショッキング」の意味だそうです、英語題名では「sassy girl」となっております。先ほど登場のB嬢は実は「ヴィン君」の熱烈ファンでもありまして、「眼力・顔力」があるのよと言っております。
まさに彼等も「ヴィン君」のような美形ではありませんが負けず劣らずでございますね。

「イ・ナヨン」はあの「愛の群像」でヨンシー演ずる「ガン・ジェホ」の妹役を演じていた女優さんです。「イ・ドンゴン」は現在テレビで放映されている「パリの恋人」に出演しておりますね。

そして「クアンキ」で「ヤン・ドングン」や「ウオンビン」と共演しております。
そして「コン・ヒジョン」は「サンドウ学校へ行こう」では「ピ」「イ・ドンゴン」と共演しております。

「ボクス」の父親役は「サンドウ学校へ行こう」の校長役を演じていた俳優さんで、母親役 は「愛の群像」でシニヨンの母親役、「ホテリア」で社長役の「ユ・ヨジョンさん」が演じております。「イ・ナヨン」演ずる「ギョン」の父親役は「初恋」のあの「チャンヒョク(チェ・スジョン)」「チャヌ(ペ・ヨンジュン)」の兄弟が好きになる「ヒョギョン」の父親役の俳優さんという馴染みある方達です。
それに「楽器屋」の主人にあの「ホテリア」のやり手の弁護士「レオ」を演じていた役者さんがまったく違ったイメージで出ております。

しかし、やはりいずれも役者さんですね、上手いです。
ストーリーは両親の離婚後、「一旗挙げるから待ってろよ」と父親に施設に預けられたりして成長しスリをしながら勝手に生きてきたように見えるボクスの出所場面から始まります。

スリ暦15年、前科2犯の「コ・ボクス」が、階層、学歴、生活環境などすべてが不釣合いなチョン・ギョンに出会い恋に落ちます。彼女との愛に命をかけることを決心したその時、彼は脳腫瘍と診断され死の宣告を受けます。

この脳腫瘍は多発していて手術も難しい状態です。「失うものは何ひとつないから、明日死んでもかまわない」、そんな覚悟で一日一日をむかえる彼の目に、やがて家族や周囲の人がそれまでとは違って見えてきます。

ギョン(イ・ナヨン)が就職もせず、ピアノの先生か結婚をと迫る父親に反発し、かったるそうにキーボードを弾いたり、音楽を聴いていたりする姿は韓流ドラマの儒教精神を背景とした親に孝行するためにとか、親の言うことを聞くといった姿は見えてきません。韓国新世代のシンボルとして描かれています。イ・ナヨンがこの雰囲気を上手く演じています。

しかも彼女の家庭も崩壊しているのです、長男が実は実子ではなく母親と他の男性の間の子であり、離婚話が母親と兄に起こり兄嫁の、自分らしく自立していくために別れていく姿は清々しいものがあります。変わり行く韓国の家族・家を表わしているのでしょう。
それに比べ母親の「離婚しても息子の父親とは暮らした事がないから」と今の生活を選んだ姿は今までの女性の姿といいますか、そうそう簡単にはなかなか変われない部分を表現しているのでしょうか。
その一方で、ギョン(イ・ナヨン)・ギョンの兄嫁・「コン・ヒジョン(ソン・ミレ)」などの女性達の生き方を通してドンドン変化していく韓国の姿が見えるのです。
でもどのドラマを見ても女性達はなかなかにパワフルに描かれております。

あの有名な「恨」というのは広辞苑では「韓国民衆の被抑圧の歴史が培った苦難・孤立・絶望の集合的感情」とあります。前回も書きましたがこの恨のなかには「こうなってしまったから、その中で生きなければいけない」と生き続けてきた韓国民衆の運命の受け止め方があるのです。避けられない運命の最たるものが「死」ですから、このドラマも主人公ボクスの「死の運命」、父親の「死」が描かれております。このドラマではボクスが煙草を注意するセリフが出てまいります。

ギョンにも煙草をやめろよ、吸いたい時はこれだけで我慢しろとパイプを渡す場面がありました。お酒を注意するのは第10話で父親の枕もとに焼酎の空き瓶3本があるのを見て、「すきっ腹で飲むなよ。牛乳で割って飲めよ」といっている複雑な表情が印象的です。それはその前日を描いた第9話でわかるのです。

朝、金魚のミレ(ギョンの前に付き合っていた彼女の名前)が死んでいるのに気づきます。父親が花壇に十字架を作って埋めてくれていたのに気がついたボクスが「何だ一人で葬式したのか。さみしいだろう」。
ボクスはたぶん父親より先に死ぬと思っているからこのセリフ、ジーンと効きます。
その夜3週間以上会っていないギョンを雨の中を追って(雨宿りのCD屋でかかっていたのがプリンスのパープルレインです、懐かしいですね)彼女を家まで送って戻ってきたボクス。

父親は金魚鉢を覗いて「一匹だと駄目だ」、
ボクス 「父さんも母さんがいなくて駄目だろう。でも母さんは父さんを怒鳴りつけたり、いじめたりしてたよな」、
父親 「俺が毎日飲んでたことは知ってたか」、
ボクス 「分かってたよ、父さんが俺にチュウーする時は酒臭くて弱ったよ」、
父 「それだけか、俺が母さんを殴ってたことは知ってるか」 、
ボクス 「父さんは、そんなことはしてないよ」、
父 「良かった、それだけは忘れていてくれて」、
ボクス 「何でだよ、何で殴ったんだよ」、
父 「理由は、俺も分からない何故やったか。馬鹿だったんだ。殴るところも無いほどやせた人を何故殴ったんだろうか。ただ母さんと暮らしているのが息苦しくて」
ボクス 「謝るか、連れ戻すか」。
父 「俺と暮らした10年間の青あざは母さんに一生残ってるだろう。あの時なぜ気がつかなかったのだろう。謝っても謝りきれない」。
ボクス 「全部覚えてるよ。忘れたふりしてたのになぜ話すんだよ」。
父 「悪かった母さん、悪かったボクス」。

一人さみしく煙草を吸う父の背中が小さく悲しげだ。
後日、母親を誘って「いい人がいたら再婚しろ、男と付き合え」と話すボクス。
今までは男と付き合う母親を責めていたボクスだったが。歩いていると足を痛がる母がサンダルを脱ぎなら「スリッパだって二つだ」、それを聞いて「母さんはまだまだきれいだよ、偽者でなくて本物のイタリア製の靴が似合よ」とボクス。

しかし母は、 
「期待せずいくよ。また転びそうだから。これからは転ばないようにしよう。 怖いのは転ぶ事じゃないんだ。もう起き上がる力も無くて、転んでも起き上がれなくなってただ笑っちゃいそうで、これからは転ばないようにしよう、これからは期待せずに生きていくから」、これを聞いたボクスが力なく地べたへ足を投げだしたように腰をつく姿と母親が悲しいのです。

第15話で父親の死を告げに言ったボクスに母親が「父さんはあんたのために生きてきたのに」というと、ボクスが「そうか俺のために生きてきたから、おれの病気のことを知って生きてゆけなかったんだ」そして母親に「母さんの人生を青あざだらけにしたくないなら、他人にひっついて自分の幸せを探すな、自分の人生を生きろよ。
自分ために生きろよ」さらに父親違いの弟の事も心配して「あいつのために生きちゃだめだ、そうしないとあいつがあいつのために生きられなくなるから」というのです。
アルコール依存症と共依存がしっかりと描かれております。

その他多くの韓国ドラマのように、このドラマにも随所に感動するセリフがあります。
「死ぬってことは捨て去ればいいけど、生き方を変えるってことは世のなかを変える事だから大変なんだよ」
ボクスが命をかけて取り組んだスタントの学校で可愛がってくれた監督がボクスの姿をみて「切実さがあればこそ生きる力がわいてくる。」
ボクスが言う「なぜ生きているかなんて難しいこと考えるなよ、生きる時は一所懸命生きろよ、死ぬ時は一生懸命死ぬから」。

「韓流ドラマっていいですね、いいですね」であります。

今年も現実生活ではいろいろとありましたが、ぐちをこぼさずに韓流ドラマで泣き、笑い、感動してこの一年が乗り切れました。

チョンマル、コマスミダ。
それでは、ヨロブン、チャールケセヨ(皆さん お元気で)。
トーマンナヨ。(また会いましょう)