| 断酒の実践法 |
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| 高知アルコール問題研究所 所長 医療法人共生会下司病院 理事長 社団法人全日本断酒連盟最高顧問 平成十一年二月十八日 下司孝麿 |
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初めに 最近の各地の断酒会式典で、舞台の正面に『一日断酒』『例会出席』の二つの標語が大きく掲げられている。その原点が、「新聞断酒」の「鉄言」にあることを知る人は少ない。昭和三十七年(一九六二年)二月二十日、新聞断酒第四号題字下の「断酒鉄言」で、私は断酒の基本姿勢を標語にして掲示した。三十七年前のことである。そこには、十文字にまとめた次の言葉が見える。 一 今日一日だけ止めよう! 一 例会に必ず出席しよう! その後、この標語の数は二十六までに増えて、新聞断酒一面に発表され、断酒会の指導指針となった。新聞断酒は、初め下司病院、後に高知アルコール問題研究所が発行して、昭和三十六年十一月十二日より昭和四十七年八月一日第一一八号まで十一年六か月間続いた。全日本断酒連盟が発足してからは、機関紙の役割を果たした。なお、この新聞断酒の命名者は松村春繁で、編集人となり、発行者は下司孝麿であった。 一日断酒 ―飲酒しないための対応― 一日断酒は、自己努力の目標であるが、その方法についての系統的具体的記述は殆どない。断酒会に初めて出席した酒害者は、直ぐ断酒できる方法を知りたいのに、誰も教えてくれない、断酒例会は物足りないと感じている。すぐに効果の上がる方法が欲しいのである。一日断酒は、治療的には速効療法であり対症療法であって、本格的な根治療法ではないが、一種の行動療法であり、毎日の積み重ねによって断酒成功へとつながってゆく。その方法を述べる。 一. 口を寂しくしない
二. 身体に刺激を与える
三. 声を出す、歌う、笑う
四. 仲間の力を借りる
五. 回想法
六. リハビリ、スポーツ、芸術・文芸活動、趣味
七. 瞑想、座禅、自律訓練法
八. 貯金
九. 字を書く、ワープロ、コンピュータを打つ
十. 書物、雑誌、断酒会機関紙、テレビ、ラジオ、ビデオ
十一. 断酒カレンダー
十二. 服薬
例会出席 ―断酒継続の最高方法― 例会出席とは、定期の断酒集会に出席あることである。断酒例会は、一種の集団精神療法の場で、厚生省もアルコール医学会もその効果を認める本格的な治療法である。 そこでは、各自が自己の飲酒と断酒にまつわる体験を率直に話す。聞く会員には、共感することが多く、自分に代わって自分の失敗の体験を語ってくれたと思う。誰も非難しないし、軽蔑もしない。それどころか、一般の方に話せないような、おどろおどろの苦い体験をよく語ってくれたと賞賛の拍手が沸くのである。ここで、なるべく大きい拍手をすると、演者にとって励みとなり、こんな嬉しいことはない。 そこで、同様な飲酒体験の持ち主として認められて、同志として受け入れられ、仲間意識が生まれてくる。これが断酒会の特長である。こんな受容認識体験は初めてである。そこから、自分の過去に行った悪業への認識と反省が生じ、自己への洞察が次第に深まってゆく。話した本人は、心の整理が出来、自分を理解してもらった安堵感に浸り、精神療法の一種である「洗滌療法」を自分で実施したことになる。 だが、断酒例会で守らねばならない5つの原則がある。 一 嘘を言わない。 二 他人の悪口や批判を言わない。 三 個人のプライバシーを守り、聞いた秘密を他人に漏らさない。 四 飲酒を礼賛したり、節酒を唱えたりしない。 五 飲酒による苦しい体験と断酒後の喜びを語り、同志への感謝を述べる。 断酒例会では、ひたすら体験を語る。「体験談に始まり、体験談に終る」のである。 しかし、失敗談ばかりでは、明日への活力は生まれない。例会出席者の聞きたいことは、失敗を乗り越えて断酒に成功した体験談である。成功した話で勇気付けられ、断酒への意欲が沸いてくる。これも断酒例会出席と仲間の支えあいのお蔭であることを痛感する。例会に出席した後は満足感と幸福感に浸り、仲間同志の連帯感が益々強くなって、次の例会に、また出席したいと思うようになる。 長年に亙って酒を飲み、酒のうまさ、飲酒の楽しさ、日常とは違う高揚した酔い心地や満足感、友人と共に飲む雰囲気といった飲酒体験は積み重なって、無意識に脳に取り込まれて根付いてしまう。それを消し去ることは、極めて困難である。梅干を思っただけで唾液が出るのを、出ないようにしようと思っても殆ど不可能である。この梅干の例のように、無意識に脳に刻み込まれた体験の無条件反射を断つのは難しい。飲酒という体で覚えたことは、断酒例会に出席して体で覚え、飲酒欲求を消すことである。その実践場所が断酒会である。 断酒例会へ出席しても、毎回同じことの繰り返しで詰まらんという人がいる。しかし、相撲の稽古を思い出して欲しい。毎日簡単な基本練習と相撲取組だけの繰り返しである。体を鍛えることの外に、体で覚えたことは、試合の際のとっさの判断につながる。読書や講和も必要だが、それだけでは、相撲が上達しない。断酒達成も同じで、例会出席という行動の繰り返しが大切である。だが、先人の断酒体験記を読むことも重要である。例会には、最初は毎日出席して欲しい。二、三か月後から次第に出席回数を減すが、少なくとも、週一回は参加したいものである。断酒会に一年も出席していると、アルコール依存症の怖さと断酒継続の困難さが分かり、やっと断酒の方法を実感し体得する。 十年間断酒したと威張っても、油断すると一杯の酒で、直ちに後戻りしてしまう。長年の飲酒習慣は、そんなに簡単には断ち切れない。再飲酒で、前より病気が進行していることもあり、病気は全快していないことを、身をもって体験する人もいる。正にアルコール依存症は、進行性の難病で、一生治らないのである。そこで、回復とか、立ち直るとかいう表現が用いられる。全快していなくても、断酒しているかぎり、普通人としての生活を送ることが可能である。 例会後にコーヒーなどを飲みながら、例会の余韻を楽しむ小集会も有効である。下司病院では、例会終了後にその場でエンドリ喫茶店を開店して、14年間に5万人以上の利用者があった。会費は無料、献金と寄付で運営されている。 心身と社会の病 ―アルコール依存症の多様性―
家族その他の支援 ―本人だけでは、断酒永続は難しい―
終わりに 酒害者は、誰でも本心は酒地獄から逃げ出したいと思っている。それは本能と言ってもよい。アルコール依存症という業病に取り憑かれ、もがき苦しんで、止めたいと思いながら飲酒を続けているのである。「酒を止めるなら死んだがまし」と言っていた人が、断酒に成功すると「なぜもっと早く、止めなかったか」と後悔する。依存症という厚い壁が、直りたい心を包み込んで断酒の邪魔をしている。この厚い壁は一人では破れないことを、断酒経験者は誰でも知っている。人間の善なる心を信じて、お互いに助け合うことが肝要である。 アルコール依存症を直す力は、自然治癒力(神の力又は大いなる力と言ってもよい)や直りたい心、断酒会、医療、家族と社会の支え等の総合力であることを謙虚に受け止めてほしい。しかし、酒にむしばまれた身体は、癌、脳梗塞、心筋梗塞など罹り易いから、毎年の健康診断を忘れてはいけない。 断酒して二、三年経つと、これまでの自己中心の生き方を反省して、人の役に立つ人間に成り、新しい人生を歩みたいと思うようになる。そして断酒会の運営や、仲間との助け合い運動に参加する。それは他人のためだけではなく、自分の断酒継続にも役立つ。 また、社会に目を向けて、アルコール問題の啓発に取り組む人も出てくる。二十一世紀には、我が国の酒類による死亡者が三百万人と推定され、正にアルコール戦争である。貴重な体験を生かして、この戦争防止運動に参加して、酒害者仲間の死亡を防ごう。 アルコール依存症は、珍しい病気ではない。勇気を出して、世間に訴えて頂きたい。精神分裂病の人でも、テレビに出て支援と理解を求めている時代ではないか。 酒類による国家損失は年間7兆円、来世紀には700兆円に上る。酒害防衛運動は、国家を救う聖なる運動である。この運動のできるのは、かつて大酒家であった酒害者こそが最適任者である。自分の生き甲斐を見出して活躍し、この世に生きた証を示してほしいものである。「己に克つ」とは、単に断酒することではない。人間革命を果たし、社会人として自覚に基づいた活動を実践することである。 |